例によってちゅーもなんもありません。
光速は部屋デートが多いイメージがあります。
よろしければ追記よりどうぞ。
「あちぃよ~」
俺の部屋のソファに腰掛け、扇風機にクイックが話しかけている。扇風機の風に声が震るわされるのが楽しいのか、さっきから何度も「あちぃよ~」と言い続けていた。本人は扇風機の前に陣取って涼しいかも知れないが、暑い暑いと聞かされた上に微風もこない俺は本当に暑くなってくる。たまらずに入力作業を中断し、椅子ごとクイックを振り返った。
「おい、扇風機を回せ。」
「まわってんじゃんか~」
ちらっと俺に目線だけ投げ、扇風機に向かってそう言った。口元にいたずらっぽい笑みを浮かべて、俺の次の反応をうかがっている。
「扇風機の首をふらせろ。」
カチッと軽い音がして、扇風機の首がゆっくり動き出した。素直なクイックの行動に、少し驚く。滑らかに扇風機が俺を向き、クイックの顔の前を通過して壁を向いた。またクイックの顔まで来た時、カチッと軽い音がして扇風機が首を動かさなくなる。
「おい。」
「扇風機が嫌だって~」
「扇風機の首は横にしか動かないだろ!」
苛立たしげに叫ぶと、俺が怒るのがそんなに楽しいのかと思うほど、クイックが破顔する。扇風機の頭を両手で挟んで、上下に一回動かした。
「動いたぞ、たてにも。」
完全に俺の方に顔を向け、まっすぐに俺の目を見つめてくる。淡い緑の二つの目が、少しにらむように細くなる。クイックの目の奥にはっきりと、『かまえ!』と書いてあった。
「…悪いとは思うが、急に伝票整理を任されたんだ。もうちょっと…」
「さっきもそれ聞いた。」
俺の言葉をクイックがさえぎった。ばふばふと手近にあったクッションを殴りだす。
「メタルの方が大事なんだろ?」
「なんでそうなんだよ!」
恨みがましげに俺を睨んだ後、抱いているクッションに顔をうずめてしまう。機体飾りの角の先が小刻みに震えだした。返り討ち覚悟で、メタルにアッパーをくらわせに行きたい衝動にかられる。たまの休日に仕事を押し付けやがって!それもクイックと同じ日にとれた休日に!
「あぁもう!止めてやる!仕事なんかくそくらえだ!」
与えられた仕事はこなさなければならないが、クイックとの時間も大切なのだ。伝票整理は明日からの仕事の合間にでも片付ければいいのだ。そう思い立って、イスから立ち上がる。するといきなりクイックがクッションから顔をあげた。形のいい唇が、綺麗な半月型につり上がっている。突然、機嫌良さ気に微笑まれて、訳も分からずぽかんとしてしまう。そんな俺を見て、クイックが笑い出した。
「お前のこと困らせんの、ほんと楽しい。」
かつがれたのかと思うと、けたけた笑うクイックに腹が立ってくる。でもそれ以上に、笑っているクイックに安堵し、愛しいと思う自分がいる。相当重症なことをあらためて自覚した。
「いいご趣味ですね!」
嫌味で内心をごまかして、クイックのとなりに座ろうとする。すると、クイックがクッションで俺の座る予定の場所を塞いでしまった。ふわりと笑って、クイックが言う。
「仕事続けろよ。」
「…でもお前…」
言い差した言葉をさえぎって、クイックがいつもよりゆっくりした口調でしゃべった。
「お前の、仕事してる後ろ姿もさ、好きなんだよ。」
扇風機が低くうなり、部屋中に涼しさを振りまいている。さっきより涼しいはずの部屋で、さっきよりあつい思いをして仕事の続きを黙々と片付けた。